大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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劇場が過ぎ去れば、やはり、歴史観が基軸になる

平成17年10月7日(金)

 朝夕に冷気を感じる季節。
 つい最近の、あの猛烈な残暑の中の総選挙が、過ぎ去って久しいように感じてしまう。
 しかし、「劇場」が過ぎ去ったのは確かだ。
 滑稽なのは、舞台は既に過ぎ去ったにもかかわらず、
未だライムライトを浴びて舞台を歩いているつもりの厚化粧の「マドンナ」達か。

 マスコミの人士も、表面に流れている相変わらずの番組とは別に、着実に新しい衆議院の取材を始めている。
 毎回の選挙が終われば、初当選議員全員を取材するあるマスコミ人に、「どうだ、感想は」と逆に取材した。彼曰く、
「前回の民主党の大量の新人議員よりも、まだひどいですわ。
前回は、キンダーガーデンつまり幼稚園でしたが、
今回は、ワンダーランドです」

 とは言え、確かに「けったいな」新人がいるかもしれないが、今は隠れていて表面に現れない「真人」もいることは確かだ。
 そして、この人達に議席が与えられたということは、今回の選挙にも国政上の意義があったということだ。
 
 問題は、我が国の政治が、これから国政の真の課題に取り組み始めるか否かである。
 仮に、従来通りの、政策論争に似せた「行政技術」の範囲だけで小泉流の「改革だ、改革だ」とやっているだけならば、如何なる人材も腐らせてしまうだろう。そしてあらゆる選挙が、劇場であろうがなかろうが、単なる政党という「政治集団」のリクルートの場つまり「私」に堕っしてしまう。

 そこで、この現在の状況に立脚しながらも、我々日本国の政治家がもたねばならない基本的な視野を提示したい。
 
 この時、ブッシュというアメリカ大統領とアメリカという国家のもつ構想力を見くびってはならないと思う。
 
 日本の総理大臣には、「先を越された」と感じるセンサーもなかったのだが、ブッシュ大統領は、本年六月、モスクワで開催される対独戦争勝利六十周年式典に出席するに先立って、リトアニアの首都リガでヤルタ密約の虚偽と誤りを表明したのである。
 
 (ヤルタ密約とは、第二次世界大戦最末期、アメリカのルーズベルト大統領とイギリスのチャーチル首相とソ連のスターリン書記長が一同に会し、ソ連を対日戦に参戦させる為の見返りとして、ソ連領の西側は東ヨーロッパ諸国への勢力拡大を、東側は旅順・大連の租借権から樺太・千島の領有を約束し、はてはスターリンに北海道から本州北半分のソ連領有への期待感を与えた会談である。
 従って、戦後日本の運命を決めた会談と言える。)

 他方、同じモスクワの式典に小泉総理も急遽出席するのであるが、歴史観は何も表明せず、何のために行ったのか、極めて影が薄かった。
 ちなみに本年、小泉総理が国際的に表明した歴史観は、インドネシアのバンドン会議五十周年における「村山富市総理談話」の繰り返し、つまり、日本は悪い国で迷惑をかけましたと言う表明であった。

 しかし、ヤルタ密約の欺瞞を指摘しそれを否定することは、むしろ日本の総理大臣こそ世界に率先してしなければならなかったのである。
 何故なら、我々日本人は、ヤルタ密約の枠組みの中で戦後六十年間封印されたように生きてきたのである。憲法も教育基本法も東京裁判も、戦後的な全ては、ヤルタ体制の中から生み出された。
 この体制の枠組みを嵌められた中で、我が日本は、拉致を防げず、拉致された国民を救い出すこともできない国家であるという実態が明らかにされているのである。
 従って、我が国家の、国民や国土を守ることができるという普通の国、まっとうな国への再興つまり真の「戦後からの脱却」は、あの敗戦後の枠組みを創ったヤルタの否定から始まることになる。

 そう考えれば、アメリカ大統領と我が国の真の政治家は、同盟国としての歴史観と価値観を共有していることになるのである。ある意味では、厳しい東アジア情勢を乗り切るための、真の日米同盟関係構築の絶好のパートナーがアメリカに存在しているといえる。

 しかし、普天間基地問題においても、総理は事務方に「丸投げ」して関心を示していないようである。
 大きな石にはつまずかないが、小さな石にはつまずく。
「劇場」の終わった後も、総理の頭の中には郵政民営化だけしかないならば、我が国家が極めて危うい、といわねばならない。

 本年の夏の前、日米首脳は共に歴史観を表明した。
 そして、ヤルタ密約の廃棄を表明した大統領と、村山富市謝罪談話を繰り返した総理大臣との落差を見るとき、政治家における歴史観の死活的重要性を改めて痛感せざるをえない。
 歴史観は、具体的には拉致された同胞の救出にも関わっている。もちろん、国防にも、自主憲法制定問題にも関わってくるのである。
 そして今、日本は、まさに、国防問題に直面している。
 
 選挙の度ごとに、玉石ともに当選し、玉石共に落選して、人は入れ替わる。従って、この変化が単なる「徒党」の人数の増減という軽佻浮薄なものに終わることのないようにするためには、
「歴史観の表明」という一点が必要となる。
 
 歴史観とは、別に、抽象的で難しいことではない。
 最も身近な先祖への慰霊、政治(まつりごと)に不可欠な国家の為に戦没した方々の慰霊に現れる。
 これを、大切にするのが政治である。

 アメリカのワシントンに、ナショナル・シュラインとアメリカ人が呼ぶ神社がある。
 全ベトナム戦争戦死者五万八千二百二十九名の名前を刻んだ黒い大理石の壁である。この壁に年間百万人のアメリカ人が訪れ、親しい人の名前を確認して涙をにじませる。
 仮に、ベトナム政府が、
「その壁には殺人鬼の名が刻まれている、そこを訪れ涙を流すとはけしからん」、と抗議すれば、全アメリカ人は激怒してベトナムへの援助禁止どころか経済制裁をせよと立ち上がるであろう。
 仮に、アメリカの議員が、ベトナム政府と同じようなことをいえば、二度と再び議員になれないであろう。

 ここに、アメリカ合衆国が、十五年に及ぶベトナム戦争の打撃と精神的荒廃から立ち上がった所以がある。
 即ち,一九八二年に建てられたナショナル・シュライン(国の神社)とアメリカ人が呼ぶ黒い大理石の壁が、その象徴である。

 では、日本は、
 あるではないか昔から、ナショナル・シュラインが。
 本当の意味でのシュラインである靖国神社が。
 しかし、我が国では、ナショナル・シュラインがアメリカとは正反対の扱いを受けている。
 ここに、アメリカが立ち直った理由があり、我が国が未だ六〇年前の敗戦国から立ち直れない理由がある。

 個々の日本人が、靖国神社に、参拝するしないは個々人の領域であるから別にしても、「参拝してはいけない」という外国の内政干渉には激昂して二度と再び言わせない日本人であること、また「参拝してはいけない」と言う議員は日本に一人もいない、何故なら国民は議席を与えないから、
 私は、このような日本を目指したい。

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