大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

  • 西村眞悟 Facebook
  • 西村眞悟 twitter
  • 西村眞悟 RSS
西村眞悟の時事通信
  • HOME
  • 西村眞悟の時事通信

北方領土視察旅行

平成16年8月24日(火)

 八月二十日から二十三日まで、北海道の東北部を移動しながら北方領土を眺め続けてきた。念法真教の方々が毎年企画して主催する青年を主な参加者とする「北方領土視察研修旅行」に参加することができたからだ。
 十年前にも、ゼンセン同盟の主催する「北方領土返還大会」に仲間とともに参加して納沙布岬に来たが、そのときは霧で貝殻島の灯台くらいしか見えなかった。
 しかしこの度は、二日間にわたって国後全島の姿と歯舞群島が見えた。その奥の択捉と色丹は彼方に隠れて見えなかったが、参加者にとって非常に有意義な視察旅行だったので、以下、報告したい。

1、その場に行きこの目で見ることが、劇的に人の内面を突き動かすことがある。ことの本質が言葉を介さずに眼前に迫るからだ。従って、若者を中心とするこの旅行の意義は、計り知れない。
 参加者は、知床峠に立って霧の中にあるであろう国後島のほうを向いて念じた。すると、濃白色の中からすーと国後島が姿を現し、海の上の連なる峰峰が眼前に広がった。
 国後島はそこにあった。まさに「指呼の間」である。
 若い人たちの目に涙がにじんでいた。
 以後二日間、国後島は姿を見せ続けてくれた。

2、北方領土に面する北海道側の市町村は、首長を始めとして明確に「領土返還」を打ち出しており心強い。
 他方、街にはロシア語の道路標示やロシア人歓迎のロシア語が目立つ。近くにいるロシア人と友好を深めようということである。
 つまり、ロシア人との友好を深めれば、ロシア人も日本人の領土返還の希望を理解してくれて、それだけ北方領土が返還される可能性が広がっていく、との願望があり、その願望が街の中に行政主導でロシア語を溢れさせているのだろう。
 しかし、この願望は分かるが、それは空しく終わる。
 ロシア人とロシア人の権力・国家を混同してはならない。

 百年前、朝鮮半島に溢れてきたロシア人と仲良くすれば日露戦争は回避できたのか。釜山に住み始めたロシア人と対馬の日本人が「ビザなし交流」をすれば平和が続いたのか。確かに平和は続いていたかもしれない。しかし我が国は、闘わずしてロシアに対馬を盗られ九州を盗られていたであろう。多分、本州も。
 はたまた、チェチェン人とロシア人は、仲良くしなかったから今血みどろの戦いをしているのか。

 百五十年前、日露両国は、樺太は日露両国国民の「雑居地」と決めた。つまり、日露両国民は、樺太で仲良く隣近所で住みましょうと決めたわけだ。
それでどうなったのか。
ロシア人の樺太浸透は、蛇口を開いたように続き、十年で、あの広大な樺太総てをロシアが飲み込んだ。
 我が国は、日本人が始めに入って探検し「間宮海峡」に至って巨大な島である事を確認した樺太、すなわち我が国が「発見」し「先占」した樺太を後で入ってきたロシアに放棄せざるをえなくなったのだ。
 
 つまり、特にロシア相手では、国家と国家の関係と個人と個人の関係を混同してはならない。

 とは言え、街にロシア語が氾濫する状況は、これら市町村の責任では断じてないのだ。
 責めは国家の対露外交そのものにある。
 戦後日本外交最大の敗北は、対露外交であった。
つまり、橋本内閣の時。
 橋本総理大臣は、ただロシア大統領エリティン個人に頼って領土問題を一歩進めようとし、国境の「線引きの提案」をして「領土に対する法と正義」をドブに放擲したうえ、1兆円近くをエリティンに貢いだ。
 その結果どうなったのか。
 金は持ち逃げされ、我が国はロシアを不法占拠者といい難くなった。その上で、売国的でロシアに媚びへつらう二島返還論の跋扈と宗男ハウスなどのスキャンダルだけが残っている。
 つまり、日本外交最大の敗北である。
 
 このように、戦後外交の通弊は、国家間の外交問題処理を首脳間の「個人的信頼関係」に安易に頼ろうとすることである。

 思い出してほしい。橋本総理大臣は、韓国大統領に「臣下の礼」の握手をして盛んに酒を注いでいたではないか。国家を代表して相対する立場よりも、個人的関係を優先させていたのである。
 
 この国家外交の弱さが、北方領土返還を掲げる北海道の街角にロシア語を氾濫させているのだ。
 根室市に、「ニホロ館」という施設があった。道立で国の税金で建てられたのだろう。何でニホロかといえば、ニホロの「ニ」は日本のニ、「ホ」は北海道のホ、「ロ」はロシアのロということ。つまり、日本とロシアを結ぶ北海道という意味であると命名の由来を解説してある。
 うっかり分かったような気になるが、日本とロシアを結ぶのが北海道であるならば、北海道とは日本ではないのか?!
 
 ついでに言っておくが、釜山が見える国境の島である対馬には朝鮮語の道路標示や観光案内が氾濫している。

3、近くのロシア人との交流は、何も抑制する必要はない。大切なのは、それは「個人の領域」に限定させ、国家の外交や行政の「公の領域」では「ニホロ」やその他訳の分からん事は断じてしない事だ。
 国後島にいるロシアと日本を結ぶことは出来ない。なぜなら、国後島のロシアは、不法占拠者で追い出さねばならないからである。国後島は、日本なのだ。
 個人の家にロシア歓迎の標識を掲げたいなら個人の自由でそれでいいが、公の場では、峻厳に「ロシア色」を排除する事である。
 ニホロ館は、爆破でもして撤去するか、他の用途を考えるべし。

4、ともあれ、如何に日ロ友好のロシア語が街に氾濫しようとも、
現実にロシアが支配する北方領土を眺めたならば、国土が外国に不法占領支配されている厳しい状況が直ちに実感できる。
 従って、訪問者の目には、ロシア語が奇異に映る。
 我が国の戦後政治が、如何に友好平和が好きでも、
ロシアが不法に居座っている状態での友好はありえないという現実は現地で実感できるし、北方四島の総面積の7パーセントに過ぎない二島だけの返還論をぶち上げた政治家が如何に売国的かも理解できるだろう。

5、今回の視察で九百キロを移動した。その間、バス5台を乗り継いで一時間ずつ合計五時間、バスの中で「政治報告」をした。船の中でも二時間ほど講演をした。
 その中で、若い人々から質問があった。
 「私たちは、日本は悪い国だと教えられてきた。しかし、それは真実ではないと思う。この現状のなかで、私たちはどうすればいいのだろうか」
 私は、答えた。
 「北方領土を自分の目で見たことが如何に重要な事であったか、我々はこの旅で実感した。その場に行く事が大切なのだ。だから、今度は、東京の靖国神社に参拝してほしい。靖国神社に行けば、分かる。」

6、私は、四島返還論者ではない。全島返還だ。
 
 日露の領土問題は、話し合いで領土を確定させた千島樺太交換条約(明治八年)の原点に戻るべきである。
 従って、全千島の返還を我が国は掲げねばならない。
 その意味で、根室の北方館などの説明パネルには我慢できない。
何故なら、各所の説明パネルでは等しく

「日本はサンフランシスコ講和条約でウルップ島以北の千島列島の領有権を放棄した」

と書いているからだ。しかしこれほどの間違いはない。
 なるほど、吉田茂全権が、何の留保もつけずにサンフランシスコの講和条約において「千島」を放棄した事は、まことにけしからん!
 
しかし、サンフランシスコ講和条約にソ連は参加していない。これが決定的ではないか。
 
 従って、我が国はソ連・ロシアに対して「千島」を放棄した事実はない。
 従って、パネルの記載は対ロシアに関して間違っている。百歩譲って不正確だ。
 即ち、我が国は、ロシアに対して全千島返還と北緯50度以南の樺太の返還を正当に要求しえる立場にあるのだ。

 我が国の外交は、この事を故意に無視している。サンフランシスコにおける外務省先輩の失策を糊塗するためなのか否か不明であるが、この無視は許しがたい。

 納沙布岬と歯舞群島の間の海上で、船の船員の方から色紙を渡された。私は次の即興の下手な歌を書いて色紙をお返しした。

「千島なる 守占(しゅむしゅ)の島の 戦いは 我が民族の 誇りなりけり」

 千島最北端の守占島では、昭和二十年八月十五日が過ぎてから、突如一個師団のソ連軍が艦砲射撃のあと上陸してきた。
 島の守備隊長は、迎撃を決断した。
 そして日本軍はソ連軍を打ち破り砂浜に追い詰めた。隊長が攻撃を命じれば、六千のソ連軍が全滅するのは明らかだった。
 しかし、隊長は天皇陛下の八月十五日の停戦の命令を知っていたので、そこで兵を止めた。
 勝っている我が軍が負けているソ連軍に降伏したのである。つまり、守備隊はソ連軍将兵の命を救ったのだ。
 命拾いしたソ連軍は、恩義に報いたであろうか。
 ソ連軍は、自分を打ち負かした日本軍守備隊を特に過酷なシベリアの重労働に送り復讐した。
 従って、守占島の誇りある戦いの日本軍戦死者の遺骨は今も放置され、シベリア送りの兵もほとんど倒れ、語り継ぐものは少ないのだ。

7、橋本内閣時の大敗北は既に触れたが、現小泉内閣における許しがたい外交的怠慢についても触れておかねばならない。
 
 即ち、カナダサミットにおいて、ロシアがモスクワでサミットを主催することに、我が国小泉総理が無条件で賛意を表して帰ってきた事である。
 我が国は、その時こそ、サミットという国際社会注視の中で

「ロシアがサミットを主催するためには、ロシアが不法占拠している我が北方領土を我が国に明け渡さなければならない。」
 
 との強烈な一喝をくらわさねばならなかったのだ。
ヨーロッパでは冷戦は終わったかもしれないが、アジアは終わっていないのだ、アジアを理解せずに国際政治を語るなかれ、アジアの同志日本の言うことを聞け、と。
 それをみすみす何も云わずに帰ってくるとは何事か!
 川口外務大臣は、北方領土を視察したらしいが、主任の大臣として失格だ。彼女の無能には耐え難い。はやくもとの酒製造販売会社に戻すべきだった。

8、終わりに、今回の視察は、私にとって極めて意義深かった。
この旅にお誘いいただいて全行程を共に移動した
念法真教の西尾良彦さんと天野喜一朗さん、そして、快く仲間に入れていただいた総ての参加者の皆さんに心からお礼を言いたい。
 西尾さんと天野さんは、大阪堺で私が議員として駆け出しの頃からご支援を頂き、九年前の国会における「戦後五十年謝罪決議」反対闘争においては共に闘った「同志」である。

新着記事

  • 平成29年11月16日(木)
    この度のアメリカのトランプ大統領の東アジア歴訪は、まず、日本を訪問して、次に韓国に行き、その次に中共に至ったが、これは、アメリカ大統領が、全く違う二つの文明圏、即ち、「日本」と「中華秩序の朝鮮と支那」…
  • 平成29年11月11日(土)
    トランプ大統領の、日本から韓国そして中共への歴訪で確認できたのは、この三ヶ国の中で、大陸間核弾道ミサイル保有寸前の北朝鮮へのアメリカの武力行使のオプションを容認しているのは我が国だけだということだ。そ…
  • 平成29年11月6日(月)
    来日しているアメリカのトランプ大統領の歴訪ルートは、日本から韓国、次に中共からベトナム、そしてフィリピンだ。つまり、東アジアの、北の海洋から、朝鮮半島に入り、大陸を北から南に打通して、再び南の海洋に抜…
  • 平成29年11月2日(木)
    十月二十二日、本通信No1372号「安倍総理は靖国神社に参拝して内なる国難を克服せよ」を送信した。この送信内容は、私が、総選挙最終日の二十一日の夕刻、東京数寄屋橋の雨の街頭で、総理大臣は、この選挙を……
  • 平成29年10月31日(火)
    この度の総選挙において、小池百合子さんが、憲法改正か護憲かで、主に民進党から「希望の党」へなだれ込もうとした議員達を「選別」し、護憲を「排除」したことが非難され、小池さん本人も不適切な言葉を使ったとし…

アーカイブ