大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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国際法を知るべし。 市民といいたいという国際派に限って国際法を無視する奇怪な政界

平成13年12月24日(月)

 不審船にだけ在るのではない。陸にもある。

 我が国領海と経済水域に、武装集団がミサイルや機関銃を携行して船に乗ってうろついている。船は、港がなければうろつけない。船に乗っている者は、陸から船に乗り、船から陸に上がる。
 従って、船の上にある物は、陸にもある。つまり、この度の船の上にあった機関銃やミサイルは、我が国の陸地にもあるのだ。もちろん、カネになる覚醒剤も。
 都会の、隣が誰か解らぬ場所で、ミサイルを保持する組織が存在する。彼等の目的は、徹頭徹尾、「共和国」を守ることである。その「共和国」の戦略は、日本が無傷で機能すれば、実現出来ない。これが、五十年前の朝鮮戦争の挫折から、親父が得た最大の教訓である。
 以後、共和国は、日本無力化のための隠微な工作を始めた。そして、現在ほぼ完成している。
 現金は、不審船に積む前に、日本の政治家に配られている。もうじき、一兆円以上の公金が「共和国」の在日集金組織に入る。これに貢献した日本の政治家はまた資金がもらえると期待しているであろう。

 対処の基本は、未だない

 この度のマスコミの議論も、政治家の議論も、未だ対処の基本に沿ったものではなかった。
 つまり、どの法令に従った対処であったか、発砲は正当防衛かどうか、などの議論である。
 しかし、このような発想で議論していては、この先事件が起こるたびに、新法を作ったり、既存法の辻褄合わせばかりをして時間を潰さねばならないだろう。もうぼつぼつ、対処の基本に立ち返らねばならない。

 国内の秩序維持の領域か

 事件の対処は、まずそれがいかなる領域で発生しているかで区分される。
 国内の治安維持の領域ならば、警察領域である。ここでは、警察比例の原則が適用され、治安維持の目的と、そのために侵害される被疑者の人権が、比例しなければならない。つまり、守るべき治安のために、不必要に過大な負担を被疑者にかけてはならない。
 また、警察のすることには、いちいち法令の根拠がいる。これをポジリストという。法令には、警察がやれることが書かれていて、警察はそこに書かれていることをして、書かれていないことはできない、という原則である。
 これは、泥棒の取り締まりとか、汚職の摘発とか交通安全活動などの領域である。

 国家の領域警備の領域か

 次に、国家の領域の侵害や国家主権の無視・侵害などの領域にはいかなる対処原則でいくのか。国内の警察領域と同じなのか。
 実は、この領域に対する認識が、我が国政治にはない。
 この度の不審船の場合、まず漁業法違反容疑の段階では、警察領域の処理原則でことは始まったといえる。
 しかし、国籍不明、逃走開始等の状況から、単なる国内領域から、国家の領域警備領域に処理場面が移ったといえる。
 さて、この領域の処理原則は何か。まず、国内法か国際法か。答えは、国際法である。つまり、事態の応じて対処原則が入れ替わったのだ。
 この事態で、海洋法条約に基づく権限を我が国は行使できるのである。その時、国内法は、いかなる意味を持つのか。もちろん、我が国の国内法は、我が国の官権の行動を規制できる。しかし、その場合は、ポジリストとしてである。
 つまり、国内法には、官権がしてはならないリストを規定するが、警察のネガリストのように出来るリストだけを規定する必要はない。例えば、国内法に、国境警備においてみだりにミサイルを使用してはならない、と規定しておけば、官権はミサイルを使用することはできない。しかし、禁止されていない事項は、事態の推移に応じた合理性があれば、自由に出来る、これがネガリストの意味だ。

 ポジリスト適用の例

 アフリカのモガジシオというところで、西ドイツのルフトハンザ航空機がハイジャックされた。その時、西ドイツ政府は、国境警備隊をアフリカに派遣して、テロ犯人を殲滅した。その理由を西ドイツ政府は、「国境警備隊をアフリカに派遣してはならないという国内法規はない。だから、派遣した」というものであった。
 つまり、国家的な危機に発展するかも知れない事態に対処する時の法体系的の基本は、ネガリストなのだ。
 そうでなければ、新しい事態が起こる度に、国内法を探し回って、「ここに規定があるからこれだけ出来る」とか、「規定がないから出来ない」とかやっておれば、全てに手遅れとなり、事態を収拾できないからである。
 我が国の同じ敗戦国で、同じような抑制を国家機能に加えられていた西ドイツは、あっさりとネガリスト理論で、国民を守ったのだ。

 我が国の議論

 我が国の国内法など守る必要性をまったく感じていない、つまり我が国国家秩序を破壊するためにそれを無視している国籍不明の相手に対して、正当防衛かどうかとか、警察官職務執行法を準用したとか、言っているが、なぜ、はっきり「国際法に基づいた処理である」と政治は言明しないのか。
 例によって、中国が「懸念」を表明しているが、世界万国に適用される国際法に基づいている以上、文句を言われる筋合いはない、とはじめに言っておけばそれで仕舞いではないか。

 法体系の整理された頭をもつべし

 危機は、何時来るか解らないから危機なのだ。誰が九月十一日を予想したか。地震を予想したか。不審船を予想したか。地下鉄のサリンを予想したか。
 その時、その予想しない危機に対処するためには、法体系の整理が必要だ。言うまでもなく、国際法と国内法があって、国際法は国内法に優先するのだ。
 そして、危機対処法はネガリストであり、多くは国際法によって対処されるのだ。
 我が国が、西ドイツより二十年遅れてしまったのは、近代国際法発祥の地のヨーロッパに位置しないからというわけではない。政治が、国際社会で対処するという独立国家なら当然の責務に目をつぶって今まで来たからだ。この不作為責任は、国防反対、自衛隊違憲の社会党が負うべきものだと思っていられるうちは、まだ幸せだった。今や、与野党をとはず、昭和十年代に生まれた政党指導者の共通の時代病として考えねばならない。
 なにしろ、グローバリゼーションの地球では、国家の役割は減少して、国民と言うより市民といいたいという馬鹿が、与党にも野党にもいる。
 馬鹿も休み休み言え。
 活動がグローバルになればなるほど、国家の役割と国民としての自覚が生存のために不可欠となるのが二十一世紀なのだ。アメリカ人か中国人が実践している国家戦略としての経済活動のことだけを考えてみても、このことは自明のことだ。
 ともあれ、我が国の、市民といいたいという外国語を外国の政治家の前で話すことが得意な「国際派」に限って、「国際法」を無視して「国内法」だけにしがみついて議論している。
 反対ではないか、国際派なら国際法を勉強せよ。
 国際法には、「国家の主権」の尊厳と、それを守るための世界万国の権限が書かれているのだ。

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