大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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師走の報告・・・「生かされている自分」

平成15年12月29日(月)

師走に入り、ご無沙汰していました。

 実は、12月8日から昨日12月28日まで、入院生活を余儀なくされておりました。
 それゆえ、報道された独立義勇軍事件に関するコメントもできずに今日に至った次第です。

 結論から申すならば、刀剣友の会の村上一郎会長等数名が、朝鮮総連事務所などに拳銃の弾を撃ち込んだ事件に関しては、病院でニュースに接するまで全く知りませんでした。
 それどころか、私が村上会長に依頼されて、本年八月に刀剣友の会の顧問になっている関係から、これらテロ襲撃事件と私がいかにも関係があるかのような報道がなされていることに、ベッドから落ちるほど驚いたのです。

 これらのことは、本日午後1時半から記者会見をしてすべて記者の質問に答えて明らかにしました。
 世上、不祥事が報道されれば、政治家などが「入院」して姿をくらます事例が多いのですが、私は仮病で姿をくらますことを苦々しく思っていました。

 それゆえ、私の入院が村上さんの逮捕と関係があり、私が姿をくらますために入院しているという趣旨で報道されることが耐え難かったのです。
 したがって、退院翌日の本日、記者会見ができたことは、ストレスから開放される絶好の機会でした。

 もっとも、私の弁明を如何に報道するかは、マスコミの良識と自由の領域ですから、明日以後の報道内容はわかりませんが、私としては、説明責任を尽くすことができたのです。

 なお、私と村上一郎氏とは、意気投合して年に、2,3度会う仲でありました。村上氏は、私の志をよく理解し、独自に尖閣諸島を視察してきた熱血漢でもあります。
 本日の記者会見では、意気投合したのだから、例えば、朝鮮総連に拳銃を打ち込む、田中外務相局長宅に発火装置を置くなどの行動でも2人は「意気投合」しているはずだという執拗な質問を受けました。しかし、決して事前に知っていたのではありません。
 私は、入院10日目ほどのころ、病院のベットの上で知ったのです。

 また、私が、村上氏の一連の行動を知ったからといって、村上氏に対する評価とりわけ、友情とその志の純粋性を疑い始めたということもありません。
 「罪を憎んで人を憎まず」が私の基本です。

 さて、最後に述べておかねばならないことがあります。なぜ、大切な時期に20日間も入院したのかということです。
 この原因は、血圧の急激な上昇による脳内出血です。私は、馬鹿な習慣ですが、寒いときに水をかぶる癖があるのです。
 この日8日の朝、散歩から帰った私は、湯のシャワーをかぶった後、水をかぶったのです。すると、後頭部の奥がズキンと痛みました。
 私は、これは唯の痛みではないと感じ、直ちに体を拭き、家人に脳内に異変がおきていると告げました。そして、医師が家に来てくれて診断を受け、直ちに病院に運ばれたのです。
 診断は脳内出血です。それから10日ばかり昏々と眠り続け危険区域から脱出できました。そして、出血はすべて吸収されたと診察された上で、28日の退院を許された次第です。
 水をかぶることにより急激に体温が低下し、血圧が急上昇して脳内に血があふれ、それから安静に眠り続けた結果、出血量が増えることなく逆に吸収されたのだと思います。さらに、出血部位が脳の言語中枢の近くであったにもかかわらず、全く後遺症が出ませんでした。
 
 これらの幸運を顧みるとき、「生かされている自分」をしみじみと感じるのです。

 今後、「この日このときの為に、僕は生かされてきたのだ」という事態に遭遇すれば(きっと、遭遇します)、喜んで人生意気に感じ天に感謝しなければなりません。

 さはさりながら、私は10代後半から冬には水をかぶるようにしていました。特に冬山に行くようになってからは、より多く肌を寒さに慣れさすために寒風に水をかぶり上半身裸で走るようになりました。
 このたび、冬山を目指す20代のつもりで水をかぶって入院となったわけですが、振り返ると水をかぶる前数日間は睡眠時間も少なく、休息時間も少なく、過酷なスケジュールにありました。このようなときに、突然水をかぶり脳内の血管が破れたわけです。
 
 この恥を忍んで述べました私の教訓を、どうか生かされますようにお願いします。

 つまり、20代はすぐ昨日のことと思っていても、それは「気」だけで「体」は年相応だということです。

 では、お互いに年相応の配慮をして、がんばりましょう!
 来年を、日本覚醒元年にしましょう!

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