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日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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今こそ、脱亜論の実践期

平成29年11月16日(木)

この度のアメリカのトランプ大統領の東アジア歴訪は、
まず、日本を訪問して、次に韓国に行き、その次に中共に至ったが、
これは、アメリカ大統領が、
全く違う二つの文明圏、
即ち、「日本」と「中華秩序の朝鮮と支那」を数日で歴訪したということだ。
トランプ大統領が飛び越えた日本と朝鮮半島の間の海、
つまり対馬と半島の間の幅約50キロの対馬海峡は、
実は、アメリカと日本の間の海である太平洋より広いのだ。

韓国(朝鮮)政府の従軍慰安婦と竹島の海老によるトランプ大統領のもてなしは
彼の国の内面の異様さを示して余りあるものであった。
つまり、恨みの文明。
その次の中共では、
宦官文化と食人文化の中華圏に君臨した
明王朝と清王朝の皇帝が住んだ豪華絢爛たる故宮の主人に習近平主席がおさまって、
カウボーイと西部開拓と石油成金の国から来たおっさん夫婦を招いたわけだ。

その上で、直前の共産党大会で毛沢東なみの
強固な権威主義的独裁体制を築いて得意の習近平主席が、
トランプ大統領の前で、
アメリカから巨額の買い物をしてみせた。
さらに、その習近平氏が、
「一帯一路」
というアジアと欧州を結ぶ経済協力圏構想を
打ち上げていることが改めて報道され、その概念図が新聞紙面に載せられた。
それは、ユーラシア大陸のアジアと欧州を結ぶ陸路のシルクロード(一帯)と
海路(一路)の両ルートが示されている世界地図だった。

新聞のその世界地図を眺めているとき、
海路(一帯)ルートの南に横たわる
赤道下の東西五千キロに広がる群島国家インドネシアに目がとまり、
9・30事件(1965年9月30日)と、
現地インドネシアで、事件の現場に立って、
9・30事件の意義を説明してくれた
ASEANセンターの中島慎三郎さんが思い出された。
そして、
よくぞ、スハルト少将(後のインドネシア大統領)、
インドネシア共産党の軍事クーデタである9・30事件を制圧し、
中共の領域拡大の野望とインドネシアの共産化を阻止して
自由なインドネシアを確保すると共に、
自由と繁栄を目指すASEANを結成してくれたものだと思った。

仮に、このインドネシア共産党の9・30事件が成功し、
共産党がインドネシアの権力を掌握しておれば、
翌日の10月1日、
中国共産党は、天安門で国慶節を祝うと同時に
インドネシアが共産化したことを宣言して祝賀したはずだ。
そして、北の中共と南の共産インドネシアに挟まれた現在のASEAN地域は、
既に北から内部の森林地帯に入り込んでいた共産ゲリラの勢力拡大によって
ドミノ倒しで共産化されウイグルやチベットのように中国共産党の支配下に入り、
習近平氏が「一帯一路」で誘いをかけるまでもなく、
1965年のその時点で、中共の冊封体制のなかの属国となっていたであろう。
当然、現在の自由と繁栄を、人々は見ることはなかった。

中島慎三郎さんは、大正8年(1919年)の生まれで、
戦時は、下士官としてマレー半島からジャワを転戦し、
持ち前の語学の才で直ちに現地のマレー語を習得して軍の通訳となり、
戦後は、戦時中に培ったインドネシアの軍や政界の人脈と
我が国の人士との交流を密接にし広げる活動をされ、
我が国の国策とインドネシアとの友好に多大な貢献をされていた。
その中島さんは、
9・30事件鎮圧の最大の功労者である
アリ・ムルトポ中佐(当時)と仲がよかった。
アリ・ムルトポ中佐は、
6人の軍高官を殺害し放送局を占拠して大統領宮殿に立てこもった
共産党軍(反乱軍)の指導者に向かって、銃口が狙うなかを、
一人で、宮殿の正面の道を、昂然と歩いて会いに行き、

「スハルト軍司令官の全ての大砲が、
ここに照準を合わせて、砲撃の準備が整っている。
俺と共に死ぬか、それとも生きて外に出るか、二つに一つだ。」

と反乱軍を脅して、
彼らを大統領宮殿から退去させて、反乱軍敗北の流れを作った軍人だった。
中島さんは、
実はその時、スハルト軍に大砲は無かったのだ、と言って、
アリ・ムルトポ中佐の胆力を讃え、
彼がアジアを救ったのだ、と言った。

中共・中華人民共和国は、大東亜戦争後の国共内戦に勝利して
昭和二十四年(1949年)10月1日に天安門で建国宣言をした新しい国であるにもかかわらず、国民党軍の制圧地域と昔の清帝国の版図を勝手に自国領と思い込んでいる。
そして、建国と同時に西のチベットとウイグルに軍を出して武力で制圧し、
南のインドシナ地域に共産ゲリラを放って勢力圏を広げようとしてきた。
それで、この地域では、この北からの支那人の浸透を「南下問題」と呼んでいた。
つまり、中共は、
共産主義の武力による侵略拡大指向と、
世界は全て自分のものという中華思想を併せ持った、
まことに厄介な国である。
さらに、近世、アジアに植民地支配を広めたイギリスやオランダやフランスは、
支那人を使って現地人を支配させ、
支那人に現地の経済を握らせて現地人を搾取していたので、
インドシナやインドネシアには支那人つまり華僑の組織が既に根を張っており、
北の中共が勢力を拡張する絶好の条件が整っていた。

しかし、9・30事件の失敗で明らかなように、
インドネシアとASEAN地域は共産化せず、中共の影響下には入らなかった。
では、この挫折した中共の共産主義的拡張衝動は
全く時代遅れとなって治まったのであろうか。
治まってはいない。
民衆の不満を扇動する共産主義拡張運動という形ではなく、
それに代わって、カネにものをいわせて世界は全て自分のものという
実に共産主義より厄介な中華思想的、地上屋的、拡張衝動が勃興している。

それが「一帯一路」である。

以上、
ユーラシアの地図を眺め、
その赤道下に横たわるインドネシアから
今は共に帰天された
ASEANセンターの中島慎三郎さんと
インドネシア軍の英雄アリ・ムルトポ中佐を思い出し、
中共の習近平氏のいう
「一帯一路」
の本質と中身に思い至った次第だ。
金儲けやビジネスの次元で、付き合っておれば得になるとか期待して、
中共のいうことをに、なびいていては駄目だ。

共産党独裁体制のもつ「暴力的拡大衝動」と
支那帝国の「侵略と膨張の歴史」という観点から見れば、
ズボンをはかなくとも核を保有すると豪語していた貧しい毛沢東の時代の中共と、
成功した守銭奴が、なおもなりふりかまわず、カネを集め、
占拠地を地上げで拡大しようとする習近平の現在の中共は、同じである。
それらは、共に、
人民を敵視して人民の自由を抑圧して搾取する独裁権力(帝力)を維持するために
武力の行使をためらわない「力の信奉者」である共産党(支那)独裁国家である。
現在の習近平体制は、ネオ毛(マオ)体制なのだ。
従って、彼らと共存共栄はない。
彼らの提案に乗ってはらならい。
所詮、彼の提唱することは、我らとは無縁の「中華世界」のことである。
国策として、中共とは、一線を画するべきだ。
その上で、
我らは、自信を持って、
アメリカからインドネシア、ASEANそしてインドの
自由な海洋で結ばれるアジアの自由な共存共栄を目指すべきである。

支那という相手(文明)が、
カネにまかせて傍若無人に振る舞うようになった今こそ、
また、朝鮮半島(韓国)が
歴史が繰り返すが如くその支那帝国になびく今こそ、
我ら日本は、福澤諭吉翁の言った。
「脱亜論」に則って、
このおぞましい「中華妄想地帯」とは一線を画した、
断固とした明朗な国家方針と諸民族との共存共栄路線を定めるときだ。

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