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日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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NPT条約第10条発動の時が来た

平成29年9月5日(火)

今、着眼すべきは、
核兵器の不拡散に関する条約(NPT条約)第10条
  各締約国は、
  この条約の対象である事項に関連する異常な事態が、
  自国の至高の利益を危うくしていると認める場合には、
  その主権を行使して、
  この条約から脱退する権利を有する。
北朝鮮の八月二十九日のミサイル発射に続く九月三日の水爆実験に直面し、
我が国は、政府と国会、また朝野のいずれの場においても、
このNPT条約第10条の発動
を念頭に置かない議論は、
無責任な空論、空想の論、と承知すべきである。

振り返れば、かつて、一九七七年秋、
ソビエトは、中距離核弾頭ミサイルSS20を
西ドイツ(NATO)に向けて実戦配備した。
これに対して、西ドイツのヘルムート・シュミット首相は、
アメリカから中距離核弾頭ミサイルパーシングⅡを導入して
モスクワに向けて実戦配備し、
「相互確証破壊!」
の体制を構築した。
この結果、ソビエトは、
自らに迫った核の脅威を除去するために、
軍縮要求に応じてSS20をヨーロッパ方面から撤去した。
しかし、その時、
ソビエト崩壊後にソビエトの工作によって起こされたことが判明した
大規模な反核運動、パーシングⅡ配備反対運動が
ドイツはじめヨーロッパ諸国で巻き起こった。
しかし、シュミット首相は、
赤くなるより、死ぬ方がましか
Dead is better than Red.
死ぬより、赤くなる方がましか
Red is better than Dead.
と国民に問い、
国民は赤くなるより死ぬ方がましだ、と応えた。
この西ドイツの決断を、
当時、日航機ダッカハイジャック事件で頭一杯の我が国の福田内閣もマスコミも
見て見ぬふりでうち過ごした。
そして、天網恢々疎にして漏らさず、
ドンピシャリとつけが、四十年後の現在回ってきて、我が国は、
まさに核の脅威を如何にして断固抑止するのか、という決断を迫られている。
即ち、
NPT条約第10条を発動して、
自ら核弾頭ミサイルを製造し保有する方向に前進するか。
西ドイツのように、
アメリカの核を借りて(リース)、北朝鮮と中共とロシアに向けて実戦配備するか。

以前、アメリカの中央情報機関CIAの元幹部と親しくなった時、
彼は、CIAを退職して三年が経ったので言うが、
アメリカの政府や議会筋から、
CIAにくる日本に関する問い合わせのなかで、何が一番多いと思う、
と私に質問してきた。
私が、はて、さて何かな、と思案していると、彼は、
日本の国会ではなく国民のなかに、
核武装の意見がどれほど高まっているか、
この問い合わせが一番多い、と言った。
そして、彼は続けて言った。
核は既に
「通常兵器」なのだ。
我々は、五十年以上、ソビエトと核を如何にするかせめぎ合ってきたのだ、と。
以後私は、選挙に際して、
我が国が核を抑止するためには核を保有しなければならない、
とつとめて主張し続けることにした。
何故なら、大阪の一つの選挙区であろうと、
我が国民の意識の中に核保有論があることを周辺諸国に知らしめることが
核抑止の効果を発揮すると思ったからだ。

さて、いよいよ、九月三日、
今まで軍事面に関する言及を慎重に避けてきた
あのジェームズ・マティス国防長官が、
ダンフォード統合参謀本部議長と共に立って、
  米国やグアムを含む米領土、
  そして、同盟国に対するいかなる脅威も、
  大規模な軍事的対応、
  効果的かつ圧倒的な対応に直面するだろう
と述べた。
彼は、大言壮語するタイプではない。腹をくくったのだ。
我が国は、アメリカがすることと他人事のように見ていてはだめだ。
今こそ我が国は、
我が国自身で、如何に核を抑止するか決断しなければならない。

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