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日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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百年前の日本人の義侠心と遺徳を甦らせる

平成29年7月4日(火)

平成二十二年(2010年)四月二十二日、
イスラエル建国六十二周年記念式典に出席する為にイスラエルを訪問した。
その旅の途上、エルサレム近郊で、
モサドという通称をもつイスラエル諜報特務庁長官を務めた
ナホム・アドモニ氏に会った。
その際、アドモニ元モサド長官は、
夫人のニーナさんを同行していた。
その理由は、私が日本人であるからだった。
元長官との話が一段落した後、
夫の横に座っていたニーナ夫人が私に言った。
  七十年前、七歳の時、
  両親に連れられてシベリアから満州を経て船で敦賀に着いた。
  そして神戸に移り、日本の人たちに大変親切にしてもらった。
  そのことを忘れたことはない、感謝にたえない、
  日本人にお礼を言いたい、と。
今は亡き父母とともに日本にいた
七歳の時の情景を回顧する美しいニーナ夫人の目に涙がたまっていた。
ニーナ夫人は、ナチスのユダヤ人迫害の嵐が吹き荒れるヨーロッパから
シベリアを経由して満州から日本に逃れてきた幼いユダヤ人達の一人だったのだ。

この時、我が国の関東軍と政府は、
ヨーロッパを逃れてシベリア東端のソビエト・満州国境で足止めされていた
大勢のユダヤ人達の満州通過の便宜を図り、
ある時は特別列車を仕立てて満州を通過させて、
上海のアメリカ租界や日本への渡航を支援した。
そのユダヤ人の総数は二万人に達するといわれている。

この我が国のユダヤ人救出に関して特に有名なのは、
ハルビン特務機関長であった樋口季一郎大佐であるが、
樋口に限らず、
当時の我が国の首脳、即ち、後のA級戦犯全員は、
全てユダヤ人救出に積極的であった。
何故なら、我が国は、
「八紘一宇(世界は一つの家)」を国是として、
満州においては、「五族共和」を掲げていたからである。
そして、三国同盟を口実に、
我が国にユダヤ人迫害を要請し、
我が国のユダヤ人救出を非難してそれを止めるように迫るナチスドイツに対し、
例えば、
東条英機将軍は、同盟はしたが属国ではないとドイツの要求を一蹴し、
板垣征四郎将軍や荒木貞夫将軍そして文民の廣田弘毅は、
我が国の国是は「八紘一宇」であり人種差別はしないと明言したのだった。

もちろん、駐リトアニア領事館の杉原千畝領事が、
外務省の訓令に反して、
(その当時から現在に至るも、我が国外務省は外国の圧力に弱い、
 昔はナチスドイツ、今は中共と北朝鮮の圧力に弱い)、
昭和十五年七月から八月の間に、
約六千名のユダヤ人 にビザを発行して
彼らをヨーロッパから脱出させて命を救ったことは有名である。
しかし、
杉原より以上の数万のユダヤ人難民を関東軍が救ったことを
日本人なら知っておくべきである。

また、ナチスドイツのユダヤ人迫害以前に、
第一次世界大戦勃発後にシベリアに追い詰められた難民、さらに、
ソビエト革命の暴力と無秩序のなかでの難民を救出した
日本政府と日本人のことを、
日本人なら知っておくべきである。
そのなかで、ボルシェビキと反ボルシェビキの闘争のなかで
シベリアに追い詰められたポーランド人孤児達合計七百六十五名を
大正九年と十一年(1920年と22年)に、
日本赤十字と日本軍が救出して
東京と大阪に送って保護し治療して健康を回復させて、
横浜港と神戸港から彼らの母国ポーランドに送り届けたことはよく知られている。
この時、シベリアには、
日本ともに、アメリカ、イギリス、フランスそしてイタリアの軍隊が出兵してボルシェビキの勢力がシベリアに及ぶことを阻止していた(シベリア出兵)。
しかし、彼ら欧米の諸国はポーランドの孤児達を救出せず、
日本政府と日本軍だけがポーランドの孤児を救出したのだ。
これが、今に続くポーランドの親日の原点である。

しかし、ここでさらに知っていただきたいのは、
このロシア革命期の闘争のなかでシベリアに追い詰められて孤立無援となった
ロシア難民の子供達八百人の命を救った
日本人船長と貨物船「陽明丸」の
地球を三分の二周する劇的な航海の物語である。
何故、日本人がこのロシアの子供達を救ったドラマが
今までベールで覆われたように知られなかったのか。
それは、未だ解明されていない。
しかし、2009年9月26日、
ロシアの古都、サンクトペテルブルグの歴史文化児童図書館で
「ロシア絵本と篆刻との融合一あるアバンギャルト展」
という個展を開いていた日本人女性北室南苑さんと、
日本人の船長とその船を探している
オルガ・モルキナという女性の出会いによって、
約百年前の閉ざされた歴史の霧の奥から
ロシア難民の八百人の子供達を救った
日本人船長と貨物船が浮かび上がってきたのだ。

そのオルガ・モルキナという女性こそ、
百年前に日本人船長に助けられて日本の貨物船でロシアに帰った子供達の孫であった。
オルガの祖父母は、その時、同じ日本の船に乗って祖国へ帰った子供だったのだ。
オルガは、祖父母が言っていた
船長の「カヤハラ」という名と、
船の「ヨウメイマル」という名を、
個展会場で北室南苑さんに告げて探して欲しいと真剣に訴えた。
彼女は、この船長の子孫にお礼を言いたい一心で北室さんに頼んだ。
何故なら、この船長と船がなければ、自分はこの世に生まれていなかったからだ。

そして、北室さんは、日本に帰国してから、
運命の糸に引かれるように、
隠されている歴史の闇から、
「カヤハラ船長」と「ヨウメイマル」を探り当て光のなかに引き戻してきた。
そのひたむきな探求は、女性らしく、
まるで、隠れた恋人を探すかの如きけなげさである。

1918年、
暴力と無秩序のサンクトペテルブルグから
ウラルに夏期居留疎開した八百九十五名のロシアの子供達は、
激化した内戦に巻き込まれて故郷に帰れなくなり両親に会えなくなる。
そして翌年の1919年、
子供達は故郷とは反対の6000㌔離れた
ウラシオストクにシベリア横断の旅の末にたどり着く。
しかし、シベリアに出兵した日本軍と東に攻め寄せる赤軍との
大規模な軍事衝突の危険性が高まるに至り、
子供達を保護してウラジオストクに避難させてきたアメリカ赤十字社は、
子供達をウラジオストクから船で太平洋を渡って帰郷させることを決意する。
しかし、アメリカ赤十字社の母国アメリカ政府も船会社も、
またシベリアに出兵していたイギリスやフランスの政府も船会社も、
その船を出すことを拒否し、
唯一、日本の船長と船だけが、
彼ら約八百人のロシアの子供達を、
太平洋と大西洋を越えて、さらに機雷が漂い施設されたバルト海に入って、
ロシアのサンクトペテルブルクに帰郷させることを引き受け、
それを実行したのである。

数年のユーラシアの荒野で難民逃亡生活を続けていた
ロシアの子供達にとっては、
「ヨウメイマル」での大航海が終生忘れ得ない幸せな思い出となり、
ヨウメイマルとカヤハラ船長の名は、
八百名の子供達のそれぞれの子孫達に語り伝えられ、
「『ウラルの子供達』子孫の会」代表のオルガ・モルキナは、
そのカヤハラ船長の子孫に会って
救われた子供達の子孫を代表して
一言でもお礼を言いたいという長年の願いを抱き続けていたのだった。

そして、
その船長は岡山県出身の
茅原基治(昭和十七年八月十八日死去、享年五十七歳)、
その船は陽明丸、
と、奇蹟のように歴史の闇から浮かび上がったのだ。
北室南苑さんの一念がなければ、
決して浮かび上がらなかったであろう。
まことに、
北室さんは、船長と船の名とともに、
日本人の誇りと先人の遺徳を甦らせたのである。

次の書は、
著者の北室さんの隠された恋人となった茅原基治船長捜索の手記であり、
本年百年を迎えるロシア革命の実相を伝える歴史書であるとともに、
我ら日本人の崇敬すべき先人の遺徳を甦らせる、魂のこもった書である。
是非とも、一読されたい。

 書名 「陽明丸と800人の子供たち・・・日米露をつなぐ奇跡の救出作戦」
 編著者 北室南苑
 発行所 並木書房
〒104-0061
東京都中央区銀座1-4-6
℡03-3561-7062、FAX03-3561-7097

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