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日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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殉職自衛官は靖国神社に祀られねばならない

平成29年7月3日(月)

平成二十九年七月二日午後二時二十分より、
横須賀の陸上自衛隊武山駐屯地にある少年工科学校講堂において、
昭和四十三年七月二日午後二時三十分頃、
武山駐屯地内の池を渡河訓練中に殉職した十三名の少年自衛官の
五十回忌の「十二期 殉職生徒顕彰行事」が行われた。

執行者は
陸上自衛隊高等工科学校長 滝 澤 博 文 陸将補
参加者は
殉職少年自衛官遺族、殉職生徒と同期生、少年工科学校卒業生、少年高等学校生徒
陸上幕僚長、海空自衛隊幹部そして来賓。
私は来賓として参加させていただいた。
また、私と共に、来賓として、
少年工科学校第十八期生の大田区議会議員 犬 伏 秀 一さん、
そして「空の神兵」といわれるパレンバン落下傘降下挺進作戦に参加して
ジャングルに降下した小隊長奥本 實中尉のご子息である 奥 本 康 大さん、
も参加された。

講堂内の顕彰式典は、午後二時に始まり、
殉職時間、午後二時三十分に黙祷、
午後三時二十分前に、弔銃三発を撃って終了した。
弔銃三発は、
将官に対する儀礼である。
陸上自衛隊は、軍曹(三等陸曹)の殉職生徒を
将官としての儀礼で顕彰したのだ。
ちなみに、弔銃は、佐官は二発、尉官は一発である。

殉職当時は、豪雨で、
彼ら十三名は重装備で渡河訓練のために池に入り力尽きて命を落とした。
まさに壮絶なる殉死っだ。
その一人、泳ぎが得意な亀川 正 三等陸曹は、
隊長に続いて池を泳ぎ切って陸に上がって振り向くと後続が溺れていた。
そこで、後続を助けに再び池に入って溺死した。

講堂内に弔銃三発の轟音が響くなかで慰霊行事は終了した。
そして、屋外に出て記念写真を撮影し、
執行者の高等工科学校長と遺族そして同期生らは、
十三名が命を落とした池を埋め立てた場所に建てられている
「少年自衛官顕彰之碑」
の前に集まった。
私は、「十三人だけの区隊長」を執筆した彼らの上官であった
小田嶋 勇氏と並んで写真に収まった。
その「十三人だけの区隊長」は、小田嶋さんが、
殉職後約三十年間、十三名の家を一軒ずつ弔問して廻った鎮魂の記録である。
私の時事通信、NO840・平成二十五年(二〇一三年)三月三十一日
「嗚呼、永遠の少年工科学校『十三人だけの区隊長』」を読んでください。

さて、この慰霊の行事に参加する当日の朝、
みたま祭りの準備が進む靖国神社に参拝した。
みたま祭りの靖国神社の境内は、
火が灯された無数の提灯に囲まれる幻想的な空間となり、
そのなかを大勢の浴衣姿の娘さん達が靖国神社に参り集う。
ある時、その夜の靖国神社の光景を眺めていたとき、
英霊が喜んでおられるのを感じた。
思えば、二百万人以上の十代後半から二十歳代の独身の少年と青年が祀られているのが
靖国神社ではないか。
それ故、やさしい娘さん達が、
彼ら若くして散華した英霊を慰めるために、
みたま祭りの靖国神社に集まってくれるのだと思う。
これは、何の作為もない、英霊と今生きている娘さん達の霊の呼応だ。
このようにみたま祭りを回想し、
これから行く横須賀の武山駐屯地で殉職した十三名の少年自衛官達が、
みたま祭りの迫る靖国神社に祀られていないことに、
敗戦国の悲哀を感じながら、
靖国神社境内から出て武山駐屯地に向かったのだ。

そこで、言う。
十三名の殉職少年自衛官達は、
靖国神社に祀られるべきだ。
殉職自衛官は、
すべからく、全員、靖国神社に祀られねばならない。

自衛隊は軍隊ではない、とか言う、暖かい血のない憲法学者(法匪)の言動に囚われずに、
自衛官は、自衛隊は、
日々、何をしているのかを、
真心の眼を開いて見つめよう。

五月十五日に、急患輸送任務遂行の為に濃霧のなかを飛行し
北海道の函館近郊の山に激突した陸上自衛隊のLR2連絡偵察機に搭乗していて殉職した高宮城効機長ら四名の自衛隊員の死を、
五月十七日、来日中のハリー・ハリスアメリカ太平洋軍司令官は、
次のように言ってくれた。
詳しくは、時事通信、NO1328平成二十九年五月十九日
「ハリー・ハリス米国太平洋軍司令官に深謝す」をご参照ください。

  この事故で思い起こさねばならないのは、
  若い隊員がわれわれのために、日々、命をかけていることだ、
  日本を守るために落とした命であったことを
  みなさん、覚えておいてほしい。

この言葉、暖かい真実の言葉ではないか。
自衛官、自衛隊は、日々、訓練をしている。
それは、日本を守るための訓練、ではないか。
そして、その訓練は、当然厳しい危険を伴う訓練である。
このことに異論がないならば、
その訓練のなかで落とした命は、
「日本を守るために落とした命」
ではないか。

「日本を守るために落とした命」
この命に、戦前と戦後の区別があろうか。
この命に、戦時と訓練時の区別があろうか。

東郷平八郎提督は、
「連合艦隊解散の辞」に言った(明治三十八年十二月二十一日)

  惟ふに武人の一生は連綿不断の戦争にして、
  時の平戦に由り其の任務に軽重あるの理なし。
  事あれば武力を発揮し、
  事なければ之を修養し、
  終始一貫、其の本分を尽くさんのみ

この東郷提督の言葉を噛みしめれば、
今の自衛隊も、訓練に励み、急患を輸送し、災害被災地に赴き、
「終始一貫、其の本分を尽くしつつある」ではないか。

再び言う。
「日本を守るために落とした命」に
戦前と戦後の区別があろうか!
戦時と訓練時の区別があろうか!

昭和四十三年七月二日午後二時三十分頃、殉職した
少年工科学校生徒十三名(十八歳~十九歳)は靖国神社に祀られねばならない。
さらに、
平成十一年十一月に、搭乗したT33ジェット練習機を住宅地に墜落させずに入間河川敷に墜落させるために機内に留まり続けて殉職した
航空自衛隊の中川尋史中佐と門屋義廣少佐、
平成十九年四月、急患輸送のために、夜間、沖縄から徳之島に飛んで殉職した
陸上自衛隊の建村善知少佐、
平成二十三年七月、東日本大震災の空白を狙うかのような中共軍機に対するスクランブル発進が急増してきた東シナ海上空において、
F15戦闘機に搭乗して訓練飛行中に殉職した川久保祐二少佐、
平成二十九年五月十五日に、急患輸送任務途中で殉死した
LR2連絡偵察機の四名、
そして、
自衛隊発足以来、
訓練中、任務遂行中に殉職した全ての殉職自衛官は、
我が国が、「日本」である以上、
靖国神社に祀られねばならない。

なお、六月十七日に
アメリカ海軍イージス艦フィツジェラルドの衝突事故で殉職した
七名のアメリカ海軍水兵達も、
靖国神社に祀られるべき軍人である。
何故なら、イージス艦フィッツジェラルドは、
北朝鮮のミサイルから我が国を守るために多大な貢献を続けていた軍艦である。
従って、このフィッツジェラルドの航海中に殉職した彼ら七名の乗組員の命は、
「日本を守るために落とした命」であるからだ。

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