大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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紀元節に民族の世界史的使命を自覚すべし

平成29年2月12日(日)

 二月十一日、紀元節、日の丸を玄関に掲げ、
まず、近くの第十六代仁徳天皇の御陵に参拝して、
皇室の弥栄と日本国の安泰そして天皇皇后両陛下のご健勝をお願いし、
その後、仲間と共に、橿原神宮に参拝してから、
皇紀二六七七年、万歳、と杯をあげた。

そして、この紀元節の日、安倍晋三総理大臣は、
アメリカを訪れてドナルド・トランプ大統領と会見し、
二人で、揺るがぬ日米同盟を確認した。

オバマ大統領時代のアメリカの世界情勢からの後退と
中共のユーラシアの東における戦後秩序(パクス・アメリカーナ)への暴力的挑戦と
ロシアのユーラシアの西におけるクリミア併合という戦後秩序破壊、そして、
中東に勃興したIS(イスラミックステート)を中心とした世界テロという
地球規模の地殻変動を背景とした
この度の日米首脳会談における日米同盟確認は、

単なる未だ評価が定まらない異能の男、
ドナルド・トランプ大統領と日本の総理との会見という狭い二国間関係の問題や
マスコミが注目する両首脳の個人的信頼関係云々の問題ではない。
近い将来に振りかえれば、
我が国とアメリカを取り巻く
「世界情勢の激動の幕開けにおける日米関係」
を告げるものと位置付けられるべきだ。

従って、我が国は、今までのように、
尖閣に日米安保適用=アメリカが尖閣を守ってくれる=ああ、安心!
と、ここで思考停止してはならない。
未だにアメリカの属国根性に囚われているから思考を停止させ安心するのだ。
この情勢における安心は、亡国に至る阿片である。
即ち、属国根性に基づいて安心すれば、中共にやられる。
中共は、尖閣奪取→沖縄本島および台湾陥落→全日本掌握、を目指している。
それほど、周辺状況は厳しい。

よって、この度の日米同盟確認を切っ掛けにして、
我が国は、東アジアの海と空の自主防衛体勢を急速に進展させなければならない。
その具体的着手点は、何度も述べているように、
宮古島の西の下地空港を
F15戦闘機と対潜哨戒機とオスプレイの基地として断固運用開始することだ。
つまり、我が国には、まさに今、自らの力で我が国を護る体制を確立する時が来ている。

 しかるに、我が国のマスコミとそれに「出演」する論者は、
未だに、トランプ氏の個人的資質やら能力やら癖に関心を示して、
同氏の個人的動静を伝えるに余念がなく、
日米関係に於いても、
自動車を中心とした貿易問題の報道に多くの時間と紙面を割いている。
肝心な問題意識と危機感が希薄である。遺憾なことである。

そこで、時、まさに「紀元節」であるから、
それにふさわしい観点から言う。
我々は、我が国が「紀元節」を保持していることの世界史的意義を
人類史の観点から注目すべきである。
我が国は、
ヨーロッパ主導の近代五百年の終焉にあたり、
万民保全に向けた新しい世界秩序の創建の為に、
人類史における使命、
まさに民族の使命、
を有していることを自覚しなければならない。
この民族的使命をもつ日本の
日本という国家としての肇(はじまり)が、

二月十一日の紀元節である。

世界史における近代は、
一四九二年、コロンブスがアメリカ大陸に到着した二年後の一四九四年、
キリスト教が、西経45°の東はポルトガル、西はスペインとして
地球をに二つに分割したトリデシリャス条約を象徴として開始された。
それから四百年、
アジア・アフリカ・南北アメリカの諸民族はヨーロッパに支配された。
その結果、アジア・アフリカ・南北アメリカの諸民族の精神世界は、
キリスト教によって破壊された。
そして、今あるのは、このキリスト教と同じ根をもつユダヤ教とイスラム教の
三つの一神教の相克である。
しかも今やこの相克は、中東の紛争とIS(イスラミックステート)によるテロの台頭によって近代の終末を示しているが如しである。
しかし、世界の諸民族のなかで、
我が民族は、唯一、キリスト教によって近世以前の精神世界を奪われてはいない。
我が国は、太古からの人間の根源的で普遍的な精神世界、神話、信仰そして統治原理を切断されずに現代に至っている。
我が民族そのものが、「地球の正倉院」の如くである。

従って、我々は、十六世紀に、
非キリスト教世界で直ちにキリスト教の危険性と偽善を見抜いた
秀吉という英傑を得たことを感謝しなければならない。

そこで、私は言いたい。
百五十年前の我が国の、明治維新は、
古(いにしえ)に還る「王政復古」によって開始された。
同様に、現在に必要とされる世界の人類の維新も、
「復古」つまり「キリスト教に奪われる以前の精神への回帰」によって
開始されなければならない。
人類の明るい未来は、今もまだ根強く残存しているメシアつまり超越的な存在である神(ゴッド)から使わされた救世主によるとか、
それと裏返しの、政治体制の変革、
例えばプロレタリア独裁、とかでもたらされるとかの妄言にしたがって拓かれるのではない。

 以下は、「伝統と革新」誌から、
「対立する世界情勢と日本の役割・・・世界維新への道」
に関する求めに応じて、二月に入った二日間で記した拙文である。
もとより無学な者ゆえ思考浅薄であるが、
諸兄姉のご批判を仰ぎたい。

・・・       ・・・    ・・・

 四世紀、ローマ帝国の皇帝がキリスト教に改宗して、
キリスト教がローマ帝国の国教になる。
そして、数百年にわたる布教によって
地中海の北のローマ帝国の領域であるヨーロッパがキリスト教化した。
そのヨーロッパ諸民族が、
版図を拡大するために西と東へと航海に乗り出し、
非ヨーロッパ世界のアジアとアフリカに植民地を建設してそこの諸民族を支配しはじめた。
キリスト教が、次の如く地球を覆いはじめた。
これが近代である。
 コロンブスがスペインから西に船出して東インド諸島に達してから二年後の一四九四年、スペインとポルトガルの間でローマ教皇アレクサンデル六世の承認によって非ヨーロッパ世界を二つに分割するトリデシリャス条約が結ばれた。
 つまり、地球の西経四十五度の西はスペインが、東はポルトガルが支配するという取り決めである。
 
 それから四年後にはポルトガル人のバスコ・ダ・ガマがアフリカの喜望峰を廻ってインドに到着し、
それから二十三年後の一五二一年には、
マゼランが南米のマゼラン海峡を渡って太平洋を越えてフィリピンに至る。
さらに言えば、それから二十二年後の一五四三年にポルトガル人が我が国の種子島に来て鉄砲を伝え、
それから六年後の一五四九年、イエズス会の宣教師のフランシスコ・ザビエルが我が国に来航する。
そして以後、後発のイギリス、オランダそしてフランスが台頭して
スペインとポルトガルに換わって海洋を制覇した。
 また、ユーラシア北部では、小さなモスクワを拠点としたタタール(蒙古)の手下の公国に過ぎないロシアが、陸路を東へ東へと太平洋に達するまで領域を延ばした。
 これが現代に至る近世の始まりだ。
この動きは、初めはキリスト教世界による他の異教徒や有色人種の征服と植民地建設であったが、
遂に十九世紀から二十世紀にかけては,地球規模の帝国主義的争奪戦と
共産主義イデオロギーの闘争思想であるインターナショナリズムが相乗して第二次世界大戦の動乱となり、
その後は、局地戦の絶えないなかで、
グローバリゼーションを掲げるマネーゲームによる世界制覇の衝動となって現在に至る。
 
 現在に生きる我々は、このようにして始まった世界に住んでいる。
それ故、地球を見渡すに、
このキリスト教のローマ教皇によるトリデシリャス条約以来の発想で塗りつぶされた世界しか観ていない。
 しかし、この近代の流れの延長線上に未来を拓くことができないならば、
我々は、近代以前の世界を振り返り、
そこから未来を開拓する構想つまり「世界維新への道」をつくり出さねばならない。
 かつて、人が信じたように、
超越的な神が、「福音」をもたらして我らを導くなどあり得ない。
また、その「福音」と同じ発想で、
社会構造を変えれば、例えばプロレタリア独裁によって、
バラ色の未来が来るなどというイデオロギーに振り回される惨害を二度と繰り返してはならない。
 そこで、まず、この近代の実相を見つめるために、
近代を形成したヨーロッパ諸民族のキリスト教とは何か。
これを、見つめねばならない。
 
 キリスト教は、
異教徒や有色人種を「人間」とみなさないことができる恐ろしい宗教である。
異端を「魔女」として火あぶりにして焼き殺し、
有色人種を奴隷にして牛や馬と同じように家畜として働かすことができる宗教である。
さらに、二十世紀に至るまで、狐や兎狩りを楽しむように、原住民を狐や兎と同様に狩りをしてその射殺数を競って楽しめる宗教である。
 コロンブスがアメリカ大陸に到着した時には、
そこに最大推計で一億一千万人、最小推計でも四千万人のインディオが住んでいた。
しかし、七十年後のインカ帝国が滅亡する一五七〇年頃には一千万人に激減していた。
アフリカからは、
十六世紀に九十万人、十七世紀に三百万人、十八世紀に七百万人、十九世紀になっても四百万人の黒人が、捕らえられ奴隷として南北アメリカに売られた。
 オーストラリア政府が、
原住民のアボリジニを人口統計に入れたのは、一九七六年の憲法改正以降である。
 
 我が国は、十九世紀後半から二十世紀半ばの帝国主義と共産主義の時代に、
台湾と朝鮮を統治した。
その我が国の統治と欧米諸国の植民地支配を同一視する風潮があるが、
決定的に違う。
欧米の支配は、被支配者を人間とみなさない支配である。従って人口は減る。
これに対して、
台湾、朝鮮では総ての人が初等教育を受けるようになり人口が増えている。
 
 次に、近世が始まる以前の世界とは何か。
それは端的に言ってヨーロッパのキリスト教によって滅ぼされた世界である。
今こそ、その滅ぼされた世界を見つめねばならない。
これを見つめれば、人類史を立体的に把握することになるとともに、
失われたものの崇高な価値を自覚することになる。
同時にこれは、
我々の祖国日本こそ、近世以前の太古の精神世界をたたえながら現在に至っている
地球上の唯一の国家であることを実感する道である。
 そして、キリスト教による近世五百年の惨害からの脱却こそが、
真のルネサンスであり世界維新であることを知ることになる。
 そこで、次に、キリスト教と白人の侵略によって滅ぼされた精神世界を、
最も素朴に最も切実に訴えて姿を消していった民族の一文を、次に掲げる。
アメリカ合衆国のワシントン州にシアトルという都市がある。
一八五五年一月、
ワシントン総督アイザック・スティーブンスは、
その土地のネイティブ・アメリカンであるスクワミッシュ族に対して、
保留地に移動せよとの強制命令を出した。
その強制命令を受けたスクワミッシュ族の酋長は人望の高い人物であり、
名をシアトルといった。
その酋長シアトルは、
次の抗議文(要旨)をワシントン総督に提出した(アーネスト・シートン著、近藤千雄訳、「レッドマンのこころ」、北沢図書出版、訳者あとがき、より)。

 
はるか遠きあの空は、数えもつかぬ昔から、
私の民族に憐れみの涙を流してくださってきた。
一見すると永遠に不変であるかに思える空も、いつかは変わる時が来るものだ。
今日は天気でも、明日は雨雲におおわれるかも知れぬ。
 が、私の心は夜空の星のごとく変わることはない。
冬のあとには必ず春が訪れるように、
総督閣下、どうか私の述べるところを言葉どおりに受け止めていただきたい。
 この土地は、かつて我が民族が自由に使用した時代があった。が、その時代も遠い過去のものとなった。民族の偉大さも、悲しい思い出となってしまった。が、愚痴は言うまい。
女々しい懐旧談はよそう。
ホワイトマンの暴挙を非難することも止めよう。
われわれレッドマンにも責められるべき点がなかったわけではないからだ。
 が、この度のあなたの命令は、言うとおりにすればわれわれを保護してやる、という趣旨のようである。勇敢なる兵士が城壁のごとく守り、軍艦が港を埋めつくして、われわれの積年の仇敵ハイダ族とチムシアン族も婦女子や老人を襲うことはなくなり、
かくしてレッドマンも同じ総督のもとでホワイトマンと兄弟になるとおっしゃる。
 果たしてそうであろうか。
それは有り得べからざることではなかろうか。
何となれば、そもそもあなた方の神ゴッドと、
われわれの神グレイト・スピリッツ(大霊)とはまったく相容れないものだ。
 ゴッドは自分の民は愛しても異民族は嫌う。
白い肌のわが子をやさしくかばい、あたかも父親がわが子を可愛がるように手引きするが、
赤い肌の者のことは一向に構わない。
 われわれの崇める大霊はそんなえこひいきはなさらない!
 このようなことで、どうしてホワイトマンとレッドマンが兄弟になり得ましょうぞ。
もしもゴッドが宇宙の神だというのであれば、それはよほど好き嫌いをなさる神に相違ない。
ホワイトマンに都合のよいことばかりを教えて、
われわれレッドマンのことは何も述べていらっしゃらない。
が、かつてはこの大地で無数のレッドマンが生きていたのだ。
 あなた方の宗教は活字によって書き記されている。
レッドマンはそれが読めないし、したがって理解できない。
 それとは違い、われわれの宗教は先祖からの伝統なのだ。
厳粛なる儀式のもとに、夜の静寂のなかで、大霊より授かったものだ。
それが偉大なる先祖のビジョンとなって、われわれの胸に刻み込まれている。
 あなた方の先祖は、墓の入口を通り抜けると、
それっきりあなた方のことを忘れる。
あなた方も彼らのことを忘れる。
が、われわれの先祖霊は地上のことを決して忘れない。
 うるわしき谷、のどかなせせらぎ、壮大な山々、木々に囲まれた湖・・・、
彼らはしばしばその美しさが忘れられず舞い戻ってきては、
われわれのもとを訪ね、導きを与え、慰めてくれる。
 かつて、レッドマンがホワイトマンの侵入に敗走したことはなかった。
が、われわれの命運も尽きかけている。もはや余命いくばくもないであろう。
あたりには恐ろしい殺人鬼の足音がする。
が、われわれはその運命(さだめ)に毅然と立ち向かう用意ができている。
 何ゆえにその運命を悲しむことがあろうか。
一つの部族が滅びれば、また新しい一部族が生まれる。
一つの国家が滅びれば、また新しく国家が生まれる。
海の波と同じだ。
それが大自然の摂理なのだ。
 あなた方ホワイトマンの命運も、今すぐではなかろうが、いつかは尽きるのだ。
ゴッドを誇るあなた方も同じ運命から逃れることはできないのだ。
 その意味において、お互いは同胞なのだ!
 この地球上のどこにも孤独な場所、誰もいない場所は一つもない。
いずこも先祖の霊でにぎわっているのだ。
ホワイトマンも実は決して孤独ではない。
人間として正しく、
そして優しい心さえ忘れなければ、
先輩の霊たちが力を貸してくれる。
 私は、「死」という文字は一度も用いていない。
「死」は存在しないからだ。ただ生活の場が変わるだけなのだ。
   
 
以上の酋長シアトルの文を読んで思うのは、
ここに語られていることは、
普遍的で根源的な宗教であり信仰心であるということだ。
そして、さらに思うのは、
遙か数万年の昔、ウラル・アルタイのユーラシアから、
ベーリング海峡を越えて大陸に辿り着いた彼らレッドマンと我ら日本人は、
共通の先祖から流れ出ているということである。
 なお、「動物記」で有名なアーネスト・シートンは、
一九〇五年三月、ロサンジェルスで
「黄色の羊皮紙のような肌をした三十歳なのか百三十歳なのか見当がつかない風貌の女性」から、
「あなたはご自分がどういう人間であるかご存じないのですか。
 前世はインディアンで、ホワイトマンにレッドマンの福音を伝えるために生まれてこられたのですぞ!
 ホワイトマンには今ぜひともその教えが必要なのです。」
と言われて、前掲の「レッドマンのこころ」という本を書いた。
 さて、そのレッドマンの酋長シアトルは言う。
われわれの宗教は先祖からの伝統なのだ、厳粛な儀式のもとに、
夜の静寂のなかで、大霊より授かったものだ、と。
 このように言われれば、三年前の我が国において、
夜の静寂のかなで行われた伊勢神宮の式年遷宮の儀式を思う浮かべるではないか。
この式年遷宮の夜の儀式に立ち会ったフランス人オリビエ・ジェルマントマは、
フィガロ紙に、
「闇と沈黙のなか、女神アマテラスを聖櫃(せいひつ)に奉じ、
これに生絹(すずし)を掛けて神官の群れが粛々と運んでいく。
生きとし生けるものの起源そのもののシンボルが、いま、眼前を通りすぎていく・・・
この景観に、われらの小我の殻など、微塵に吹っ飛んでしまう」
と書いた。
 この式年遷宮の情景は、
酋長シアトルの宗教と同じように、普遍的で根源的である。
まさに、この普遍的で根源的な心が、
世界では近世に滅ぼされ、
我が国に於いては、現在も存続しているのだ。
そこで、我々は、終焉を迎えたかのように行き詰まった近代に直面しているのであるが、
その近代の超克、即ち、維新は、
この奪われた心の復活、この真の意味のルネッサンスによって、開始されねばならないと思う。
 ここにおいて、明らかなことは、
世界の維新も、「復古」であるということだ。
言うまでもなく、我が国における改革は「復古」であり、
我が国は、古(いにしえ)に還ることによって明治維新を達成した。
そして、百五十年後の現在、
今度は世界の維新が、
「復古」つまり「キリスト教以前」に還ることによって達成されねばならないのである。
 しかし、ヨーロッパ世界の民族は、
ローマ帝国がキリスト教を国教として以来、キリスト教以外の教えを知らないと反論するかも知れない。
だが、それは間違いである。
人間が人間である以上、酋長シアトルが指摘し、
フランス人オリビエ・ジェルマントマが式年遷宮の儀式に感銘を受け直ちにその本質を理解したように、
総ての民族は、普遍的で根源的な心情を内に持っている。
いまこそ、人類は、眠っていたその普遍的で根源的な心情を取り戻さねばならない。
 現在、キリスト教とイスラム教そしてユダヤ教が対立し、欧米世界は、文明の危機を感じている。
しかし、この三つの宗教は、同じ根から生まれた一神教である。
 現在、キリスト教世界が、
IS(イスラミック・ステート)による殺戮とテロに直面し蛇蝎のごとく彼らを嫌悪しているのだが、
中世にキリスト教徒が、十字軍をエルサレムに送り、そこに居たイスラム教徒を大量殺戮したことや、
さらに近現代に欧米諸国が、
アジアやアフリカで行った異教徒と有色人種への殺戮を振りかえれば、
明らかに現在の様相は、千年にわたって繰り返されてきた欧米の時代の終焉である。
これは、酋長シアトルの次の預言の通りではないか。
「あたりには恐ろしい殺人鬼の足音がする・・・
あなた方ホワイトマンの命運も、今すぐにではなかろうが、いつかは尽きるのだ。
ゴッドを誇るあなた方も同じ運命(さだめ)から逃れることはできないのだ。
その意味において、お互いは同胞なのだ!」
 そして、この「殺戮の近代」を克服する道は、
メシア思想のように超越的な神ゴッドから使わされた者によってもたらされる訳ではなく、
人類の普遍的で根源的なこころに回帰することによって拓かれる。
即ちそれは、我が国が、
近世のキリスト教世界によって滅ぼされることなく保持し続けた、
太古から現在に至る森羅万象との「和」を大切にする心情と
西洋にはない統治思想であると申したい。
その意味で、非ヨーロッパ世界で直ちにキリスト教の危険性を見抜いた豊臣秀吉に感謝する。
もし彼の慧眼がなければ.
我が国は日本でなくなり、
地球の未来は閉ざされていたかもしれない。
 
 自衛隊初の特殊部隊である海上自衛隊の「特別警備隊」の創設に関わり、
同隊の先任小隊長となり二等海佐(海軍中佐)で退官し、
フィリピンのミンダナオ島を拠点に訓練を続けている伊藤祐靖氏が、
ミンダナオ島での、痛烈なエピソードを書いている(「国のために死ねるか」文春新書)。
 現地の弟子の一人が、近海に沈む日本の沈没船の中から、
大正天皇が関東大震災による社会的混乱を鎮めるために発せられた詔書を入れた額縁を引き上げて持ってきて、何と書いてあるのか訳してくれと言う。
頼みを聞いて英文に約すと、訳文を読んでから、
まず、この時の日本の人口は何人かと聞く。
「六千万人だ」と答えると、
「これ本当にエンペラーが書いたのか」とまた聞く、
「そうだ」と答えると、
「あなたの国はすごい」と言った。
「何がすごいのか」というと、
次のように言う。
「あなたはこれをエンペラーの命令文といったけれど、違う。
エンペラーは願っているだけではないか。
エンペラーは願うんではなく命令するのだ。
エンペラーが願っても何も変わらないだろう。
願うだけで変えられるのは、部族の長だけだ」
「部族長?天皇は部族長だというのか」
「こいねがう、と言っているんだから、
これは部族長が書いたリクウェストなのだ。
あなたの国は、六千万人が一つの部族で、
それに部族長がリクウェストを出すって言うのがすごい。
私のところとは規模が違う。」
 ミンダナオでこの発言を聞いて、
伊藤祐靖氏は書いている。
「なんで、ミンダナオ島の二十歳そこそこの奴から、
詔書の真意と日本という国の本質を教えられてしまうんだ。
日本に生まれて、日本語を母国語としていて、四十年以上日本で生きてきたのに、
なぜ、それが見えなかったのだろう。
どうして、こいつは一瞬で見抜いたのだろう。
こいねがう というたった一つの単語で、彼女は断言した。
部族長であってエンペラーではないし、命令文書でもない、と。」
 
 然り、日本国民総てが一つの部族で、
その部族長(家族の長)が天皇。
これが、我が国の姿なのである。
天皇は命令しない、こいねがう。
この天皇の統治は、
既に、万葉集第一巻の冒頭にある雄略天皇の御製の始めに「泊瀬(はつせ)朝倉宮に天(あめ)の下(した)知(し)らしめしし天皇(すめらみこと)の代(みよ)」とある、
その「知らす」だ。
この「知らす」とは、
天皇が総ての他の物を我が身に受け入れて自他の区別がなくなって一つになることを意味する。
つまり、天皇と民は一体なのである。
これに対して、
同じく古語の「うしはく」とは、
土地と人民を我が私有物として領有し支配することだ。
これは西洋の統治思想である。
今世界で、行き詰まっているのは「うしはく」である。
 天照大神の使者が、大国主命(おおくにぬしのみこと)に、
汝がうしはく土地を我が御子の知らす土地として譲れと願い、
大国主命がそれを受け入れるのが國譲りの神話である。
 その結果、我が国は、今に至るも、
天皇が国民と一体となった知らす国として、現にここにある。
従って、我が国の武力とは、
他者を征服する為ではなく、
天皇の知らす国の「和」を回復する為の「力」である。
 願わくば、
我が国が保持してきた「知らす」思想が、
あまねく世界に「和」をもたらさんことを。
この実現を日本民族の使命とすることが、
世界維新への道である。
 

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