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日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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「戦後七十年」とは何だったのか

平成27年12月26日(土)

 平成二十七年も、あと、数日を残すのみとなった。
 本日は、東京で、同じ思いの人達と話しあう予定だ。
 そこで、今朝思ったことを記しておきたい。

 「戦後七十年」とは何だったのか。
 これは、反日プロパガンダの、偽善の最後の光芒だった。

 そのプロパガンダの効果は、
 第一に、我が国総理大臣が、「談話」を出すことが既定事実になって強要され、
 しかもその内容に「謝罪」が入るか入らないかが「焦点」だ、と、マスコミが騒いだ。
 また、政府が「諮問委員会」をつくって「談話」の内容を議論することになり、
 中共の国内に会社を保有し、中共をお得意さんとする企業のOBがその座長となった。
 第二に、その中共の主席が、国際社会に呼びかけて
 「反日軍事パレード」を北京で実施する絶好の口実となった。

 その結果は、どうなったのか・・・夏を過ぎれば、みんな忘れられた。
 中共も韓国も、「反日」どころではなくなった。
 中共は内部腐敗という支那の宿痾の病根と社会秩序の崩壊過程に入り、
 韓国の状況も李氏朝鮮末期の低迷を思い起こす。その時、確か、閔妃の時代だった。
 韓国で今の大統領を見ていれば閔妃を思い起こすと言えば、
 また、名誉毀損で裁判になる。
 閔妃とはそういう独裁者だった。
 だから、韓国は、李氏朝鮮末期の状況に戻っている。
 ヨーロッパには、ISのテロと中東から難民が雪崩れ込んできた。
 
 中共や韓国は、「戦後七十年」どころではない。つまり世界は、
 各々の国や地域がもつ、自業自得の歴史から由来する宿痾が顕れてきたのだ。

 では、日本は、というと、
 自虐史観のうま味が忘れられず、それにすがりついている者たちがいる。
 例を挙げれば、外務省とマスコミだ。

 外務省が主導してきた平成十四年九月の日朝平壌宣言から二十六年五月のストックホルム合意を経て現在に至る拉致被害者救出交渉は、
 実は、拉致被害者救出を目的とするのではなく、
 平壌宣言の主目的である「日朝国交樹立」を実現する為の村山富市謝罪路線なのだ。
 
 日朝平壌宣言には、
 「日本側は過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明した」
 と、冒頭に書かれ、次ぎに、日本が北朝鮮に巨額のカネを払って国交を樹立すると謳われている。
 しかし、日本国民を拉致して抑留している北朝鮮の謝罪と反省などこれっぽっちも書かれていない。
 そして、ストックホルム合意は、この平壌宣言を改めて確認合意しているのだ。

 つまり、外務省の主導し、安倍内閣が乗っている「拉致被害者救出交渉」とは、
 レッテルの詐欺であり、
 実態は、我が国が北朝鮮に謝罪してカネを支払い、国交を開く路線なのだ。

 これが当然のことと受けとめられて外務省の欺瞞が暴かれないのは、
 自虐史観のお陰である。

 また、マスコミがありついている自虐史観のうま味とは何か。
 それは、従軍慰安婦強制連行というあれほどのウソの報道を長年続けて我が国家と国民の名誉を国際社会で傷付け続けた朝日新聞が「廃刊」にならない事実に端的に顕れている。

 さらに、総理大臣が靖国神社に参拝することが、
 マスコミの「報道(問題)」となること自体、腹に据えかねる。

 以上、「戦後七十年」は確かに馬鹿馬鹿しかったが、
 自虐史観のうま味のなかで生息している者たちは根強く存在する。
 来年は、一挙に、自虐史観の束縛を取り払う年である。

 なお、現在発売されている「正論」二月号に、
 日露戦争から大東亜戦争に至る日本民族の連続した歩みを俯瞰し、
 二十世紀を「日本の世紀」とした論考を発表している。
 読んでいただければ幸甚です。

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