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日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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寒風のなかの連想

平成26年12月22日(月)

 十二月二日の公示から始まったこの度の総選挙中、寒波が襲ってきた。
 その寒風のなかでいろいろな連想が頭をよぎった。とりとめないが、それを書いておきたい。
 時あたかも、百十年前の日露戦争における旅順要塞に対する第三次総攻撃と重なっている。従って、日露戦争に関する連想が多かった。

 この度の寒波は、夏の暑さが忘れ得ぬ体を、突然、真冬に放り込んだ。
 街頭に立っていると、頭が寒さで痛くなった。
 
 その時、日露戦争直前に、寒気の中での戦争を想定した青森の五聯隊と弘前の三十一聯隊の八甲田山雪中行軍隊は、このような天候急変の中で遭難していったのかと思った。
 
 新田次郎の「八甲田山死の彷徨」の映画では、
三十一聯隊の行軍指揮官であった福島泰蔵大尉を高倉健が演じていた。
 健さんが亡くなっておしいなあ。
 数十年もあのような同じ表情で最後まで演じとおした俳優は高倉健だけだ。
 青山に、モンサンミッシェルの近くで生まれ育ったと言うフランス人の親父が経営しているフランス料理屋がある。学生時代の同級生の友人に連れて行ってもらった。すると友人が、ここに高倉健が時々一人で来てひっそりと食事をしている、と言った。それで、何時かあの店で高倉健に会えるだろうと思っていた。何しろ、私の学生時代から今まで、同じ表情で演技しているのだから、亡くなるとは思っていなかった。

 さて、雪中行軍隊であるが、五聯隊は二百十名が参加し百九十九名が山中で死亡し生存者十一名で壊滅した。
 三十一聯隊は、全員計画通り八甲田を踏破して無傷で帰還した。
 しかし、二年後の日露戦争における黒溝台の激戦で三十一聯隊の行軍隊は全員死亡している。
 五聯隊の生存者十一名はその後も生きて昭和四十五年に最後の生存者が亡くなった。
 この雪中行軍隊の体験をもとに、日本軍は厳寒期の軍装を大改革して日露戦争に突入している。
 よって、彼ら八甲田の遭難戦死者は靖国神社に合祀されている。

 総選挙期間は、旅順攻防戦と重なっていた。旅順への第三次総攻撃は十一月二十六日に開始された。この日の深夜、白襷隊三千名は、ベトンで固めた要塞に抜刀して突入した。
 十一月三十日、第一師団後備第一旅団長から第七師団第二十八連隊長へ二〇三高地を伝令に走った乃木軍司令官の次男乃木保典少尉が戦死する。
 十二月五日、旭川第二十八聯隊連隊長村上正路大佐は残存兵を率いて二〇三高地山頂に突入し、午後一時四十五分、山頂を占拠した。
 
 しかし、二〇三高地は陥落しても旅順の永久堡塁群はびくともしなかった。
 これに対して、日本軍の不屈の闘争心も揺るがなかった。
 日本軍は地下道を掘って下から堡塁を爆破し歩兵が突撃する戦法をとった。
 
 乃木軍司令部は、あまりの兵士の消耗に、肉弾突撃を厳禁した。
 明治三十八年一月一日午前七時三十分、金沢第三十五聯隊第三大隊長増田惟二少佐は、最後の堡塁となった望台を双眼鏡で眺めた。そして、「獲れる」と直感し直ちに軍紀に反して肉弾突撃を命じた。
 善通寺の第四十三聯隊第二大隊も突撃した。
 軍司令部も軍令に反した突然の攻撃ではあったが、直ちに二十八センチ榴弾砲で望台を集中砲撃した。
 
 同日午後三時三十分、日本軍は望台を占領し頂上に日の丸を掲げた。
 同日午後四時三十分頃、乃木第三軍の前線へ、旅順要塞司令官ステッセル中将の軍使が訪れ降伏を申し出た。
 横たわって旅順陥落の報に接した生き残った負傷兵達は、皆泣いたと記録されている。

 乃木第三軍は、旅順要塞攻撃に十三万人の兵員を投入し五万九千余の死傷者を出して陥落せしめた。

 百十年前の同時期、旅順要塞を攻撃していた日本軍将兵の決死のご苦労を思えば、
 この総選挙の苦労など蚊に刺されたほどではないか。
 断じて、正々堂々と戦いぬくぞー!

 本日の連想終わり。

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