大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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目に見えない「日本」が動いている

平成26年12月14日(日)

 今朝、投票を済ます前に、仁徳天皇御陵に参拝した。
 御陵の正面の森には、天に通じる道があって、森はその道に沿ってゆっくりと揺れていた。
 御皇室の彌榮と日本国の安泰を祈る。そして、臣眞悟の勝利を。
 拝礼をおえて廻れ右をすると、
 遠く鎌倉から選挙応援に来てくれていたご夫婦が、御陵正面入り口に佇んでいた。まさに偶然の符合だ。
 そして、投票場に向かった。

 選挙運動最終日の昨日早朝、仁徳天皇御陵に参拝した。
 御皇室の彌榮と日本国の安泰を祈る。そして、臣眞悟の武運を。
 帰路天を仰ぐ。冷たい突風のなかを東方が薄赤く染まった雲が、飛んでいた。その雲の上に半月があった。

  あけぼのの 雲のうえを 月が飛ぶ

 その運動最終日、環濠で囲まれた中世の自由都市堺の北端から南端までを支援を訴えて歩く。暖かい激励をうけ続けた。
 暗くなってから、北花田の交差点で訴えていると、小学校以来会っていなかった友人が車の窓を開けて「俺や、覚えているか」と声をかけてくれた。車を止めて降りてきた彼は、あの時の面影を留めていた。
 彼の母親が亡くなる前に、市民病院一階の柱にもたれて立っていたのを覚えている。そして、私の母に病状の打ち明け話をしていた。
 彼の母が亡くなってから、彼と自転車を併走しながら聞いた。「寂しくないか」。彼は答えた。「寂しい」。それ以来、彼は転居して会っていなかった。

 夜八時までの最終演説は、堺東駅前で行った。
 多くの人が寒風の中、立ち止まって聞いてくれた。私は、本来の日本と本来の日本人の姿を語り、その日本を取り戻そうと訴えた。そして、日本を信じよう、と。
 涙がでてきた。暗くなっているので分からないが涙を拭いている人もいる。
 午後八時がきて演説を止めても、人々は立ち去らずに私と握手してくれた。

 日本と日本人は、
 三年半前に、千年に一度の大津波に襲われたなかで、
 全世界に天皇と国民の絆と本来の日本人の姿を示した。
 そして一年前に天皇の祖である天照大神をお移しする伊勢神宮の式年遷宮を経た。
 その後のまさに今、
 私は、大阪第十六区、即ち第十六代の仁徳天皇御陵、第十七代の履中天皇御陵そして第十八代の反正天皇御陵の並ぶ堺において、
 創価学会による我が国政治支配の野望を、この堺から打倒していこうと訴え続けてきた。

 総選挙告示日の前に、横須賀の旧知のご婦人からきた葉書には、
 「貴方は、巨人ゴリアテに単身挑むダビデのようだ」と書いてあった。
 名誉なことだと思った。選挙運動中もダビデのことを思っていた。ミケランジェロのダビデ像を思い起こした。
 
 しかし、私は単身ではなかった。
 選挙中盤から、目に見えないものが加勢してくれているのを感じた。
 私には、目に見えないご加護がある。
 その目に見えないものとは何か。
 それは、祖国日本が、本来の日本へ復元していく動きだ!

 万世一系の天皇を戴く日本、臣眞悟、悔いなき戦いをさせていただきました。
 まことに、ありがとうございます。
 ご支援ししてくれた皆さん、私の声に耳を傾けてくれた多くの皆さん、
 ありがとうございます。

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