大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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伊藤佑靖著「国のために死ねるか」に注目せよ

平成28年7月29日(金)

 参議院選挙が終わった数日後の夜、
 一九九九年(平成十一年)の能登半島沖不審船事件を切っ掛けにして創設された
 海上自衛隊の特殊部隊である特別警備隊の創設に関与し、
 創設時から特別警備隊の先任小隊長を八年間勤め、
 四十二歳の時、中佐(二佐)で海上自衛隊を退官した伊藤祐靖氏が
 ぶらりと堺市の堺東駅に来た。

 伊藤佑靖氏が海上自衛隊を退官した理由は、
 自分が創設して育て上げている特別警備隊という特殊部隊から、
 艦艇部隊への転勤を命じられ、 
「日本は本気で特殊部隊を使う気がない」
 と確信したからである。
 
 その伊藤佑靖氏と話すようになったのは、
 二年半前の東京都知事選挙の時であった。
 伊藤氏は、立候補した田母神俊雄元航空幕僚長の警護を引き受けて常に候補者の側にいて、私も、応援で候補者と行動を共にしていたからだ。
 その時、警視庁の警備担当の元警官が、私に伊藤氏を指さして話しかけてきて、
「あいつは、強いですよ、危険ですよ
 我々警官は逮捕術を習得していますが、
 あいつのは殺人術ですよ」と言った。
 その時、伊藤氏の身のこなしを見て、
 フランス大統領ドゴール殺害を目指す暗殺者の映画「ジャッカルの日」を思い出した。 この映画の主人公が素手で簡単に手刀の一発で人を殺したからである。
 後に、伊藤氏に「ジャッカルの日」の如く、
 簡単に素手で殺せるのか、と尋ねると、
 彼は、できます、と簡単に答えた。

 さて、この伊藤佑靖氏が、何故、東京から堺に来たのか。
 彼は、ぶらりと西村の顔を見たくなったから、と秘書に話した。
 そして、私には、彼の近著
 「国のために死ねるか」(副題 自衛隊「特殊部隊」創設者の思想と行動)文春新書
 を本屋の店頭に並ぶ前に私に手渡したかったからだ、とビールを飲みながら言った。

 この「国のために死ねるか」を読み始めて、
 直ちに、強い印象を受けたのは、伊藤氏が、
 「日本は本気で特殊部隊を使う気がない」と確信した、ということだ。
 また、そうだったのか、と襟を正したことは、
 平成十一年三月二十三日の初の海上警備行動発令となった
 能登半島沖不審船事件におけるイージス艦「みょうこう」が直面していた事態と
 不審船追跡目的が明確になったことである。
 「みょうこう」の伊藤祐靖航海長と
 不審船に拳銃を持って飛び移ろうと覚悟を決めた彼の部下達は、 
 不審船に閉じこめられているかもしれない
 拉致された日本人を救出しようとしていたのだ。

 まず、伊藤氏は、十年前に、
 自ら育成した特別警備隊を離れて艦隊勤務を命じられたときに、
 「日本は本気で特殊部隊を使う気はない」と確信して自衛隊を辞めた。
 そして、私は、三年前に、衆議院予算委員会で、
 自衛隊を北朝鮮に送り込んで拉致被害者を救出することを考えないのか、
 と安倍総理に質問したところ、
 「日本にはその能力がありません」と答えられて愕然とした。
 「能力がない」のではなく、「使う気がない」のである。
 この答弁は、
 国家の為に、あの苛酷な訓練をしている自衛官に対する侮辱である。

 次ぎに、不審船事件、
 海上警備行動が発令されて、
 イージス艦「みょうこう」は三〇ノットの猛スピードで北上する不審船を追尾して警告のために一二七ミリ炸裂砲弾を連続発射していた。
 その激しさは、「一つ間違えれば、拉致された日本人もろとも工作船を吹き飛ばしかねない」ものだった。
 その結果、不審船は停止した。
 次は、止まった不審船内に立ち入り検査をすることになる。
 そして、航海長の頭が「真っ白」になった。
 「無理だ。なぜなら、一回も訓練をしたことがない・・・
 高度な軍事訓練を受けているに違いない北朝鮮工作員らと、銃撃戦をする。
 銃撃戦で犠牲者がでることは避けられない。
 それどころか、工作母船には必ず、自爆装置が装備されている。
 ごく普通に考えて、立入検査隊は全滅する。」
 その時、立入検査隊に決まった手旗士が伊藤航海長に質問した。
  「私の任務は手旗です。私が行く意味があるんでしょうか」
 以下、本書をそのまま引用する。

 私は答えた。
 「つべこべ言うな。
 今、日本は国家としての意志を示そうとしている。
 あの船には拉致された日本人のいる可能性がある。
 国家は、その人たちを何が何でも取り返そうとしている。
 だから我々が行く。
 国家がその意志を発揮する時、誰かが犠牲にならなければならないのなら、
 それは我々がやることになっている。
 その時のために自衛官の生命は存在する。
 行って、できることをやれ。」
 彼は、一瞬目を大きく見開いてから、なぜかホッとした表情を見せた。
 「ですよね、そうですよね。判りました。」
 ・・・
 そして、一旦解散した検査員たちが、食堂に帰ってきて再集合した。
 驚いたことに、彼らの表情は一変していた・・・
 悲壮感の欠片もなく、ニコニコはしていないが、清々しく、自信に満ちて、
 どこか余裕さえ感じさせる、美しいとしか言いようのない表情だった。
 特攻隊で飛び立っていった先輩たちも、
 きっとこの表情で行ったに違いない・・・
 彼は私の前で立ち止まり、挙手の敬礼をした。
 「航海長、お世話になりました。行って参ります。」
 ・・・
 彼は言い終えると、吹っ切れたように再び正面を向いて進み始めた。
 そして、五、六歩行ったところで急に振り向いた。
 「航海長、あとはよろしくお願いします」
 ・・・
 彼らの表情はなぜ美しかったのか。
 それは、彼らが”わたくし”というものを捨てきっていたからだ。
 若い立入検査員たちは、短い時間の内に出撃を覚悟し、
 多くの欲求を諦めていった。
 そして、最後の最後に残った彼らの願いは、公への奉仕だった。

 以上、
 本書「国のために死ねるか」で明らかにされていることは、
 平成十一年三月二十三日、イージス艦「みょうこう」の乗組員たちは、
 不審船内にいるかも知れない拉致された日本人を救うために 
 「命をかける覚悟」をしたということだ。
 そして、これを切っ掛けに、
 海上自衛隊に日本最初の特殊部隊が創設され
 苛酷な訓練が開始され現在に至っている。
 にもかかわらず、
 政治は、特殊部隊を使う気がなく、
 最高指揮官に至っては、
 我が国にはその(救出の)能力がありません、と言った。
 何たる無惨、この無念!
 この無念を晴らすときこそ、戦後からの脱却である。

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