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平成14年6月号
野党の幹部が、政府首脳の発言を非核三原則に反すると、また糾弾している。国会で取り上げるというが、いったいどんな顔をして議論するのか、親から正直の美徳を教えられた身としては、想像もできない。非核三原則とは何なのか。いわずと知れた、核は持たず、造らず、持ち込ませず、という日本政府の掲げた原則である。
そこで、日本の政治家の中で、アメリカ第七艦隊の船が太平洋のどこかで核ミサイルを下ろして、日本に寄港していると考えている者がいるのであろうか。もしいるとすれば、そいつはアホである。つまり、非核三原則のうち、「持ち込ませず」は嘘で「持ち込ませている」
が、真実である。
では、日本国内に核を「持ち込ませて」、どういうことになっているのか。言わずと知れたアメリカは世界第一の核保有国だ。その第七艦隊の核が日本にあるのだ。よって、日本はアジア随一の核武装国家となっている。これでは、自分で造ったり持ったりする必要がない
ではないか。
この現実の中にあって、「持ち込ませず」は日本の原則であるかどうかと野党が質問して、内閣はそうでございますと答弁するのだ。これでは不誠実を通り越して、茶番を国費でやる公金横領ではないか。
次に、官房長官および副長官は、核を保有するかどうかは、国民が決めると言った。これも当たり前ではないか。国民が決めずに誰が決める。しかし、ある野党幹部は、この発言を非核三原則に反すると言っているのだ。
ここで、はっきりさせておかねばならないことがある。それは、我が国は、国際法上、核の議論をしなければならない、ということだ。即ち、我が国は「核兵器の不拡散に関する条約」に調印し批准している。その十条は次のとおりである。
「各締約国は、この条約の対象である事項に関連する異常な事態が自国の至高の利益を危うくしていると認める場合には、その主権を行使してこの条約から脱退する権利を有する」
つまり、この核不拡散条約は、締約国が「自国の至高の利益」が危うくなり、それを防ぐ唯一の道が核保有であるときには、核を保有することを認めているのである。したがって我が国政治は、この条約に締結してその前提を受け入れた以上、平素から、我が国の至高の利益」とは何か、それが危うくなる事態とはいかなる事態か、核を保有しなければそれを防ぎ得ないのか等、議論怠り無く任務を果たしておかねばならないのだ。にもかかわらず、我が国政治とマスコミは、非核三原則という虚構のなかで思考停止することによってその偽善を
延命させようとしている。
我が国では、何であれ、一旦原則を掲げれば、たとえ現実がそれに反しようとも、現実を見つめて議論してはいけないのである。原則を掲げるとは、つまり思考を停止しようという与野党・マスコミの申し合わせなのだ。そして、この申し合わせなどくそ食らえと現実を見て「考えれば」、申し合わせ違反は許さずと、封印してくる。
そうであれば、戦後生まれの我が国の原則を今総点検して、その思考停止の封印を解かねば、我が国は危ういことになる。非核三原則、ODA四原則、武器輸出三原則、人権、平和、男女共同参画社会等々・・・。
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